WHERE I WAS BORN

just my memorandum

Apr 13
“人間は苦悩に対して、彼がこの苦悩に満ちた運命と共にただ一人一回だけ立っているという意識にまで達せねばならないのである。何人も彼から苦悩を取り去ることはできないのである。何人も彼の代わりに苦悩を苦しみ抜くことはできないのである。まさにその運命に当たった彼自身がこの苦悩を担うということの中に独自な業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。” V. E. フランクル「夜と霧」

Mar 1

よわくなるということ

たぶん昔と比べるとじぶんは潔白で、強く、自分の考えを通すという意味では弱くなったとおもう。なあなあになることが増えたし、面倒くさいとまいっか、とぽいと問題を放り投げたりする。つよい正義感みたいなものが薄くなっていったし、ひとに迎合することが多くなった。

これは良いことなのか悪い事なのかといえば難しくて、それぞれいい面も悪い面も半々にあるだろうけど、総じて言える事は生きやすくなったということだとおもう。わりと間違った意味で「孤独に歩め、悪をなさず、求めるところはすくなく」と言った事を実践してたりした時のように、毎日いろんなことに頭をフル動員して真夏のシロクマみたいにぐったりすることはなくなったし、受け入れられることが増えた。ただ、未だに自分に対するハードルは高いらしいということもある。毎日清く正しく、と心がけていなければとたんにお麩のごとくふにゃふにゃしてダメになってしまうし、今はそれに片足を突っ込んでるんだけど。

怠惰な人間になった、といわれればもちのろんだ。昔が四角四面なバリッとノリのきいた上等なワイシャツだとすれば、いまはナイロンでできたやすっぽい、やたらめったらシワができる安物のシャツになってしまった・・・

けれど、安物のシャツの視点からみると、世の中はそんなに厳しくもつらくもないように思えてきた。ワイシャツ時代はこの世に生きられるような場所なんかないってくらいに息苦しかったし、常時パリッとしていると案外肩が凝るのである。最近はなんだか余裕がなくなって、ワイシャツ的な考えに陥って、たいへんくるしいおもいをしたけれど、人間苦しかったり辛かったりすると、とたんに生きる事が嫌になるし後ろめたくなるし、あまりよいことがないなあということになった。当たり前といえばあたりまえなんだけど。

だから別に弱くなたっていいんじゃないかと思う。わいわいとやれていれば、くたくたのナイロンシャツだって何だっておんなじことだし。そしてじつは、前述の仏陀のおことばの前には「もしも、思慮深く聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができるならば、ともに歩め」とあるのである。幸いなこと周りの人にはとても恵まれてきたので、これからも多くのひととお付き合いできたらなと思う。

それに、やっぱりいつも独りじゃつまらないので、どうにも嫌になっても、これからも色んな人と一緒にいるんだろうなあ。それでいいんだ。


Feb 19
“あまりに幸不幸をとやこう言うのは、結局まったく愚かしいことである。なぜなら、私の一生の最も不幸なときでも、それを捨ててしまうことは、すべての楽しかったときを捨てるよりも、つらく思われるのだから。” ヘルマン・ヘッセ「春の嵐」

Jan 10

よくわからないもの

知っているようでみてみぬふりをしているだけの、よくわからないことは世の中にたくさんある。というようなことをかいてたのだけれど、消えてしまったので省略。

「よくわからない」には「なぜ」という、いわゆる結果に対する原因がセットだ。けれど、ひとはわらったり眉間に縦じわをつくったりするので忙しいので、大体のことを大体わかったようなふりをしているんだろうなという話。

けれど、そうやって見過ごされる「よくわからない」の先にある「なぜ」というつまづきを飛び越えて、あたらしい地平にあたらしい「よくわからない」がころがっているのを見るとき、ああ、じんせいには開けるはこがたくさんあるのだなあと、とおい、果てのない地平の向こうを見るようなこころもちで、泣きたいような、嬉しいようなきもちになる。でも行く道が遠すぎて、もういっか、と座り込みたくなるような気もする。


uemulagirls:

Acceleration

uemulagirls:

Acceleration


えびのおすし

えびのおすし、ということばが好きだ。えびはひらがなで書くと途端にあのおすしのうえに乗っている、身のひらいたピンクとしろのひらぺったいものとして頭に浮かんでくる。エビとも海老とも違う、あたりまえみたいな顔をして白いごはんの上にのっているのが想像できて、口の中にぱりっとしたはごたえと甘みすら感じるみたいだ。だからおすしという言葉とも相性がいいと思う。お寿司とも寿司とも違う、まるみを帯びたおすしということばがいちばん良いのだ。海老の寿司、というと殻付きの甘エビが乗っているような、食べるのに身構えなければいけないような気がするものが出てくるだろうけれど、えびのおすしといわれればほっとして、元旦の親戚あつまりで出されるような平和なおすしが頭の中に思い浮かぶ。だから、きょうも私はえびのおすしということばを口と頭の中でたのしみながら、やわらかいふとんの中に横たわってきちんとほっとする。


uemulagirls:

Crab is to flatten the feelings of all

uemulagirls:

Crab is to flatten the feelings of all


Jan 7
“君たちが高く抜き出ようと欲するならば、自分の脚を使え!
人に持ち上げられるな、他人の背や頭のうえに乗るな!”
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ「若き人々への言葉」

Jan 1
“Tea is drunk to forget the din of the world.” T’ien Yiheng

Dec 19
“女性にとって冷蔵庫というのは
宝箱みたいなものでしょう?”
野田喜子、ほぼ日刊トイ新聞「野田琺瑯の野田喜子さん。」

Page 1 of 6